2016年12月21日
管釣り始めて物語
もうすぐ 管釣りを始めて3年が経とうとしている。
もともと小学生時代から、川で ウグイ、オイカワ、鯉など 夏休みは殆ど毎日釣りに行っていた。
小学5年生まで 山形県の最上川のほとりに住んでおり 釣りには事欠かないグッドな環境であった。
夏には支流の立谷沢川にて、素潜りで 鮎やカジカを突いては、良くバアさんに焼いてもらって食べていたものだ(笑)
そんな私も、高校生ぐらいの多感な時期になると、すっかり釣りと言うものもしなくなり、社会人になってからは たまにバス釣りに行くぐらいであった。
更に結婚をして 子供が生まれると 慌ただしい毎日を過ごす中で、すっかり 「釣り」 と言う事自体 まったく行かなくなってしまった。
1男1女の子宝にも恵まれ、相変わらず慌ただしい毎日を過ごしていた時、ある事件が起こった。
長男が保育園の年長の時であった。それは明け方に起こった。
寝ていた長男が、突然 全身激しい痙攣(けいれん)に襲われ、目は白目をむき、口から泡を吹き、呼吸が止まった。(とその時は思った)
心臓も動いていていない。。。
私は 必死に心臓マッサージをした。泣きながら・・・涙が止まらなかった。本当に死んでしまったと思った。
必死に心臓マッサージを続けると、長男は息を吹き替えした。 血の気が引いていた顔色に赤身が戻ってきた。。
安堵のあまり 腰が砕け、膝から崩れ落ちたのを覚えている。
その後 我に返り 救急車を呼んだ。
長男は息を吹き返したが、深い眠りに入り、起きる気配がない。
病院について、診察結果を聞いた。 そう 「癲癇(てんかん)」だった。
(その日から今日まで、ずっと毎日薬を飲み続けている。)
薬を飲み続けていたが、軽い発作は頻繁に長男を襲った。
あまり薬の有効性を感じていなかったが、それでも病院/先生を信じて 薬を飲み続けるしかない。
一番辛かったのが、普通に会話をしていても、長男の意識が1~3秒ほど 飛んでしまうのだ。
もちろん本人に 意識が飛んでいる認識はない。
これも癲癇の軽い発作の一つということだった。
この発作のお陰で、長男は 人との会話が成立しない期間が小学校中学年まで続いた。
意識が一瞬とはいえ、飛ぶので 会話についていけないのだ。
当然 友達関係が上手く行かないこともしばしばあった。
親としてやるせなく、かわいそうでたまらなかったが、病気に負けてほしくなかった。
なんとか回避策を見つけてやりたかった。
長男を長年見ているが、どうも 何かに集中しているときには、その発作が起こらないっぽいと言うことに気がついた。
何か 長男が集中でき、自分も一緒に打ち込める趣味を作ろうと思った。
「そうだ! 釣りがあるじゃないか!?」
さらに近所には、フィッシュオン王禅寺と言う 首都圏では超有名な管理釣り場がある!
ちょうど半年前に 知り合いに 真夏のフィッシュオン王禅寺に連れて行って貰ったが、真夏ということもあり、全く釣れなかったので、それから近寄っていなかった(笑)が、思い立ったが吉日! すぐにコンビニのATMでお金を下ろし
何の知識もないまま、これまた近所の上州屋で、思いのままに適当に釣具を買った!(笑)
・・・今思うと、かなりお金の無駄遣いをしたものである(笑)
そして翌日、息子と フィッシュオン王禅寺に行き、見事3匹づつ釣り上げ、それからどっぷりと管釣りにハマっていった!
更に一年後、ベリーパーク小山に 釣りに行った時だった。
夏の暑い日だった。
釣りをしていた息子が、突然 叫び声を上げて、久しぶりに激しい 癲癇の痙攣に襲われ、その場でぶっ倒れた。
始めて痙攣の発作が起こったときのように、白目を向き 口から泡を吹き、体は激しい痙攣で硬直していた。
ベリーパーク小山のスタッフの方、そしてその時 釣りをしていた人が総出で 息子をレストハウスに運んでくれ、救急車の手配をし、手当を行ってくれた。本当に感謝しかない。(後日電話をかけ 何度も何度もお礼を言った、とても素晴らしいスタッフさんだ)
それからだ、今まで有効性に疑問を持ちながら飲んでいた薬の種類を、主治医が変更したのだ。
それが今飲んでいる薬なのだが、明らかに 以前の薬に比べて効いているが私でもわかった。
意識が飛ぶ 軽い発作が全く起こらなくなったのだ。
それから 息子の止まっていた時間が動き出した。会話が成立するようになり、友達や周りとの人とのコミュニケーションも取れるようになってきた。今でも まだ 同年代の子と比べると 追いついていないところが見受けられるが、遅れていた時間の流れを取り戻すように アグレッシブに色々と興味を持ちながら生活している。
先日の定期検診では、このままいけば 高校生ぐらいには薬をやめ、ようやく普通の暮らしができるだろうとのことだった。
もし私が子供の頃に釣りをやっていなければ、いま息子と釣りに没頭することもなかっただろう。
そして、いま一緒に釣りをさせてもらっている 素晴らしい釣り仲間と出会うこともなかったかもしれない。
また釣りがなければ、効かない薬を飲み続けていたかもしれない。
釣りという趣味から 様々な人とで出会い、息子の人生さえも変え、今も 次はどこへ釣りに行こうかと悩んでいる(笑)
2016年も もうすぐ終わろうしている12月の夜更け、ふと これまでの釣りライフを振り返り、思わず書き綴ってしまった。
もともと小学生時代から、川で ウグイ、オイカワ、鯉など 夏休みは殆ど毎日釣りに行っていた。
小学5年生まで 山形県の最上川のほとりに住んでおり 釣りには事欠かないグッドな環境であった。
夏には支流の立谷沢川にて、素潜りで 鮎やカジカを突いては、良くバアさんに焼いてもらって食べていたものだ(笑)
そんな私も、高校生ぐらいの多感な時期になると、すっかり釣りと言うものもしなくなり、社会人になってからは たまにバス釣りに行くぐらいであった。
更に結婚をして 子供が生まれると 慌ただしい毎日を過ごす中で、すっかり 「釣り」 と言う事自体 まったく行かなくなってしまった。
1男1女の子宝にも恵まれ、相変わらず慌ただしい毎日を過ごしていた時、ある事件が起こった。
長男が保育園の年長の時であった。それは明け方に起こった。
寝ていた長男が、突然 全身激しい痙攣(けいれん)に襲われ、目は白目をむき、口から泡を吹き、呼吸が止まった。(とその時は思った)
心臓も動いていていない。。。
私は 必死に心臓マッサージをした。泣きながら・・・涙が止まらなかった。本当に死んでしまったと思った。
必死に心臓マッサージを続けると、長男は息を吹き替えした。 血の気が引いていた顔色に赤身が戻ってきた。。
安堵のあまり 腰が砕け、膝から崩れ落ちたのを覚えている。
その後 我に返り 救急車を呼んだ。
長男は息を吹き返したが、深い眠りに入り、起きる気配がない。
病院について、診察結果を聞いた。 そう 「癲癇(てんかん)」だった。
(その日から今日まで、ずっと毎日薬を飲み続けている。)
薬を飲み続けていたが、軽い発作は頻繁に長男を襲った。
あまり薬の有効性を感じていなかったが、それでも病院/先生を信じて 薬を飲み続けるしかない。
一番辛かったのが、普通に会話をしていても、長男の意識が1~3秒ほど 飛んでしまうのだ。
もちろん本人に 意識が飛んでいる認識はない。
これも癲癇の軽い発作の一つということだった。
この発作のお陰で、長男は 人との会話が成立しない期間が小学校中学年まで続いた。
意識が一瞬とはいえ、飛ぶので 会話についていけないのだ。
当然 友達関係が上手く行かないこともしばしばあった。
親としてやるせなく、かわいそうでたまらなかったが、病気に負けてほしくなかった。
なんとか回避策を見つけてやりたかった。
長男を長年見ているが、どうも 何かに集中しているときには、その発作が起こらないっぽいと言うことに気がついた。
何か 長男が集中でき、自分も一緒に打ち込める趣味を作ろうと思った。
「そうだ! 釣りがあるじゃないか!?」
さらに近所には、フィッシュオン王禅寺と言う 首都圏では超有名な管理釣り場がある!
ちょうど半年前に 知り合いに 真夏のフィッシュオン王禅寺に連れて行って貰ったが、真夏ということもあり、全く釣れなかったので、それから近寄っていなかった(笑)が、思い立ったが吉日! すぐにコンビニのATMでお金を下ろし
何の知識もないまま、これまた近所の上州屋で、思いのままに適当に釣具を買った!(笑)
・・・今思うと、かなりお金の無駄遣いをしたものである(笑)
そして翌日、息子と フィッシュオン王禅寺に行き、見事3匹づつ釣り上げ、それからどっぷりと管釣りにハマっていった!
更に一年後、ベリーパーク小山に 釣りに行った時だった。
夏の暑い日だった。
釣りをしていた息子が、突然 叫び声を上げて、久しぶりに激しい 癲癇の痙攣に襲われ、その場でぶっ倒れた。
始めて痙攣の発作が起こったときのように、白目を向き 口から泡を吹き、体は激しい痙攣で硬直していた。
ベリーパーク小山のスタッフの方、そしてその時 釣りをしていた人が総出で 息子をレストハウスに運んでくれ、救急車の手配をし、手当を行ってくれた。本当に感謝しかない。(後日電話をかけ 何度も何度もお礼を言った、とても素晴らしいスタッフさんだ)
それからだ、今まで有効性に疑問を持ちながら飲んでいた薬の種類を、主治医が変更したのだ。
それが今飲んでいる薬なのだが、明らかに 以前の薬に比べて効いているが私でもわかった。
意識が飛ぶ 軽い発作が全く起こらなくなったのだ。
それから 息子の止まっていた時間が動き出した。会話が成立するようになり、友達や周りとの人とのコミュニケーションも取れるようになってきた。今でも まだ 同年代の子と比べると 追いついていないところが見受けられるが、遅れていた時間の流れを取り戻すように アグレッシブに色々と興味を持ちながら生活している。
先日の定期検診では、このままいけば 高校生ぐらいには薬をやめ、ようやく普通の暮らしができるだろうとのことだった。
もし私が子供の頃に釣りをやっていなければ、いま息子と釣りに没頭することもなかっただろう。
そして、いま一緒に釣りをさせてもらっている 素晴らしい釣り仲間と出会うこともなかったかもしれない。
また釣りがなければ、効かない薬を飲み続けていたかもしれない。
釣りという趣味から 様々な人とで出会い、息子の人生さえも変え、今も 次はどこへ釣りに行こうかと悩んでいる(笑)
2016年も もうすぐ終わろうしている12月の夜更け、ふと これまでの釣りライフを振り返り、思わず書き綴ってしまった。
2014年08月31日
【番外編】ザリガニ釣りで爆釣
今日は近所の東高根森林公園に、子供たちとザリガニ釣りに行きました。

何やらザリガニポストなるものが…
ここでも外来種の繁殖が問題となっている様です。

さてタックルは、延べ竿を短くし、後はタコ糸に板オモリとエサのスルメ。
基本ですね❗️

すると釣れるわ、釣れるわ、


結果は三時間で20匹。なかなか楽しかったです。結構陸まで引き抜くのが、難しかった。


さて、ザリガニポストに投函して帰るとするか。



なかなか、のんびりした良い休日でした。

何やらザリガニポストなるものが…
ここでも外来種の繁殖が問題となっている様です。

さてタックルは、延べ竿を短くし、後はタコ糸に板オモリとエサのスルメ。
基本ですね❗️

すると釣れるわ、釣れるわ、


結果は三時間で20匹。なかなか楽しかったです。結構陸まで引き抜くのが、難しかった。


さて、ザリガニポストに投函して帰るとするか。



なかなか、のんびりした良い休日でした。